『はだかのおーさま』


――十年前に起きた大火事は多くの犠牲者を出し、生存者の傷は今も癒しの刻を待ち続けている。


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暴漢に襲われた俺を助けてくれたのは、メルヒェンの国からやってきた不法滞在者の金髪さんでした。
見えない剣で暴漢と競り合う金髪さん。
みえない剣をふりまわして。
視えない――ていうか――透明なビニール傘振り回してませんか、このひと――?
「我が愛剣の刀身は風を纏っている。故に不可視。はたしてそなたに風王結界の切っ先が見極められるか」
うわあ。
脳内設定バリバリですよこの外人さん。
電波さんに恐れをなしたのか、暴漢はいつの間にか姿を消してて。
「問おう。貴方が私のマスターか」
うわあうわあ。


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俺の憧れていた遠坂凜という少女もまた、けして癒えない傷を宿していた。
学校では才媛、だが家に帰れば大きな屋敷でたった一人、実父は十年前の大火で亡くなり、大いなる孤独は少女を苛み――、蝕んでいた。
その結果。
遠坂凜。優等生。
放課後は魔術師さん。
サインペンで描いた魔術刻印と令呪とやらで、フツーのひとはきいたこともない聖杯戦争とやらに参加するそうです。
「へっぽこ魔術師! いつまでも惚けてないで、一緒に教会に行くわよっ」
仲間にされました。
うわあ。


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段ボールの教会の主、隣町の公園にお住まいの「ことみねしんぷ」さんは聖杯戦争とやらの監督役だそうだ。
ちなみに遠坂の魔術師としての師。泥を啜って生きるおぢさん。
ノイローゼ気味に街を彷徨していた優等生にいらんことを吹き込んだのは、どうやらコイツらしい。
「よろこべ少年。きみの願いは、ようやく叶う」
フチの欠けたカップ酒を片手に、酒くさい息を吐きながらあっちの方向に話しかける言峰さん。
あとでボランティアのギルさんに聞いた話によると、十年前にバブルが弾けて手持ち資産の有価証券が紙屑になって――言峰さんはこの公園に流れついて「きょうかいのしんぷ」さんになったらしい。
うわあ。


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身体的コンプレックスを持っているのか、遠坂は俺の家族ともいえる間桐桜を凝視する。桜は俺の友人の妹だ。
この場合、下手に関ってはならない。
「あかいあくま」と呼ばれる「病んだ笑み」を浮べて「がんど」なる「えげつないぼーりょく」を揮ってくるのだ。魔術師サマは。
ちなみに何故、遠坂が俺の家に居ついているかとゆーと。
俺があまりにもへっぽこな魔術師なものだから、鍛えてくれるそうだ。魔術師として。
カラフルなドロップを水なしで呑み込めと強要してきたり。
俺が修理したストーブとかデッキを「投影」だの「強化」だのわけのわからない遠坂さん用語で解説してくれたり。
で、メルヒェンな魔術師さんは桜をじっと睨んでいる。とくに胸とか。
「――このコはね、本当は私の妹なの」
きた。
きましたよ。電波さんが。
「間桐は遠坂と同じ魔術師なの。でも慎二には魔術回路がなかったから、桜を養子に迎えいれたのよ」
すっかり怯えてしまっている桜に、俺は目配せする。――話を合わせとけ。身の危険をかわすには、それしかない。
「そ、そうなんです。遠坂先ぱ――姉さんと私は、姉妹なんです」
「家同志の取り決めでね。私たちは赤の他人として接しなくちゃいけなかったの。ごめんね桜。間桐の魔術は蟲。貴女も酷い目にあってきたんでしょう。蟲に侵されたり辱められたり、人体改造されたり」
「ひぅっ」
桜、蒼白。涙目。
遠坂。いくらなんでも蟲って。女の子が生理的に受け付けない、エグい設定って。
「桜と私は姉妹……桜がそんなに大きいんだから、私だって……おねえちゃんなんだから、それ以上に……くけけけ」
うわあ。


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「衛宮。相談がある」
なんとも表現に困る顔色で一成が話しかけてきた。
「兄貴のことなのだが」
葛木宗一郎。一成の寺に居候している堅物教師。
「実は先だって婚約者という女性を紹介されたのだ」
あの堅物さんに婚約者?奴を兄貴と慕う一成には悪いが、想像がつかない。
「それで相談って? 結婚式の料理なら喜んで作らせて貰うぞ。仏式なんてよくわからないけど、祝いの席だから鯛とか――」
「あ、いや。そこまで話が進んでいるわけではない。いや、祝言の話も出てはいるのだが」
この男にしては珍しく歯切れの悪い。
「紹介された女性が――俺には、俺も含めて全員に、みえなかったのだ」
「………」
それって。
「兄貴にはみえるらしい。甲斐甲斐しく、身の回りの世話を焼いてくれる、出来たひとらしい。けして俺達には見えないが」


……
……


脳内。脳内の婚約者さん。
名前はメデイア。職業はキャスター。愛称きゃす美さん。
――堅物さんは、隠れ女子アナ好きだったのか。某地方ローカル巨乳さんとか。
しかもこのキャスターさん。意表を突いてふぁんたじっくにエルフ耳だとか。
「あれは忘れもしない。雨の中、衰弱していたきゃす美を拾った。きゃす美を救う為、体を重ねた。彼女は神代の美女で、エルフ耳だった。それだけだ」
堅物(むっつり)さんがお花畑を背景に、一成うぃず修行僧の皆さんに、そう、語ったらしい。まかりまちがっても藤島康介が描かないような絵物語を静かに、熱く。淡々と。夜通しに。


……
……


「――メルヒェン?」
「ああ。メルヒェンだ。修行僧の何人かは兄貴の煩悩に当てられて寝込んでしまう始末。なんとしたものか」
うわあ。


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いつのまにやら聖杯戦争終結
遠坂さんと金髪さんの脳内では、俺は無茶苦茶ともいえるほどの大活躍をしていたらしい。実にメルヒェン。
この二人は、電波状態が良好で意気投合。「契約」もしたとか、しないとか。
揚げ句の果てに夕食を作りに来た桜に頭から墨汁をぶっかけて。
黒桜を殺したり殺されたり、黒桜さんが殺しまくったり殺されまくったり、したらしい。脳内で。
メルヒェンだ。


当の桜は、これらの陰湿な虐めにすっかり精神を歪められて。
「――マユちゃん。こいつら殺して先輩を一人占めするにはどうしたらいいのかな?」
柱の陰に向かって陰鬱にお喋りするようになって。
うわあ。



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――ウソと優しさで塗り固められたデタラメな世界。
いつか誰かが、彼らに、こう云わなくちゃイケないんだと思う。
「あのおうさま、ハダカだー」って。
多分、きっとその役割は、俺に廻ってくるのに違いないのだろう。


戦わなきゃ! 現実と!